> はじめにはじめに
最近、日本でも「クリスチャンシオニズム」(「キリスト教シオニズム」とも呼ばれます)という言葉を耳にするようになりました。きっかけは、2025年6月以降のイスラエル・米国とイランとの戦争です。この戦争で、米国がイランに軍事介入するよう後押しした勢力として、「クリスチャンシオニスト」と呼ばれる人々の存在が日本でもクローズアップされるようになったためです。
ただ、クリスチャンシオニズムは、正しく理解されているとは言いがたい状況にあります。今、日本でクリスチャンシオニズムについて論じたり教えたりしている人の多くは、クリスチャンシオニズムを批判する立場の人です。そのため、当事者であるクリスチャンシオニストの考えが十分に伝わらないまま、多くの誤解や誤った教えが広まっているというのが現状です。
そこで、このシリーズでは、クリスチャンシオニストである筆者の立場から、クリスチャンシオニズムとは何かを説明していきます。
今回はそのための準備として、まず「シオニズム」とは何かを説明します。クリスチャンシオニズムは、シオニズムを土台としているからです。クリスチャンシオニズム自体については、次回の記事から詳しく説明します。
> 1. シオニズムとは何か1. シオニズムとは何か
「シオン」という言葉
「シオニズム(Zionism)」という言葉は、旧約聖書に出てくる「シオン(Zion)」という言葉に由来しています。「シオン」は、もともとはエルサレムにあった丘(ダビデが攻め取った「シオンの要害」)を指していましたが(2サムエル5:7)、やがてエルサレム全体(詩篇48:1~2)、さらにはイスラエルの地全体(イザヤ51:3)、またイスラエルの民を指す言葉(イザヤ51:16)へと意味が広がっていきました。
シオニズムの定義
シオニズムは、「ユダヤ人が、民族の故郷であるイスラエルの地(パレスチナ)に帰り、ユダヤ人国家を再建しようとする思想、運動」と定義することができます。
ここでいう「ユダヤ人」とは、イスラエル民族のことです。イスラエル民族とは、聖書に登場するアブラハム、イサク、ヤコブの家系に連なる子孫を指します。
「パレスチナ」という地名は、紀元135年にローマ帝国がユダヤ人の反乱(バル・コクバの乱)を鎮圧した後に付けた名称「シリア・パレスチナ」に由来します。ローマ帝国は、それまでは属州「ユダヤ」と呼んでいました。一方、ユダヤ人はこの土地を「イスラエルの地」と呼んできました(マタイ2:20~21参照)。この土地は、ユダヤ人にとっての「約束の地」と呼ばれることもあります。「約束の地」とは、神がユダヤ人の先祖アブラハム、イサク、ヤコブに約束した土地という意味です(詳しくは後ほど説明します)。
1948年にイスラエルが建国されて以降は、「ユダヤ人国家としてのイスラエルの存在を支持する立場」というのが、シオニズムの基本的な意味となっています。
フルクテンバウム博士の定義
シオニズムの定義は、人によって少しニュアンスが違う場合があります。メシアニックジュー(イエス・キリストを救い主と信じるユダヤ人)の神学者であるアーノルド・フルクテンバウム博士は、シオニズムを次のように定義しています。
シオニズムとは、ある感情を言い表す言葉である。それは、ユダヤ人が過去に抱き、今もなお抱き続けている、故郷への憧れと切なる思いの表れである。シオニズムは、エジプトで奴隷となっていた時代にも存在した。バビロン捕囚の時代にも存在した。そして、紀元70年に始まった離散(ディアスポラ)の時代である今日もなお存在している。理由が何であれ、ユダヤ人が自分たちの地に帰りたいという願いを口にした瞬間、その人はシオニズムを言い表しているのである。約束の地に目を向け、その地と自分を結びつけて考えたユダヤ人は、本人が自覚していようといまいと、認めていようといまいと、シオニストなのである。1
Zionism describes a feeling. It is an expression of the longing and yearning that the Jewish people have had in the past and still have for their homeland. Zionism existed during the Egyptian bondage. It existed during the Babylonian Captivity. It exists in these days of the Dispersion, which began in A.D. 70. As soon as any Jew expressed a desire to go back to his Land, regardless of his reason, he was expressing Zionism. Any Jew who looked toward and identified himself with the Promised Land, whether he knew it or not, whether he admitted it or not, was a Zionist.
この定義から、フルクテンバウム博士の言うシオニズムとは次のようなものであることがわかります。
- ユダヤ人の民族感情に根ざしたものである。
- 約束の地に対するユダヤ人の望郷の思い、郷愁の表現である。
- ユダヤ人の歴史を通して一貫して見られるものである。
シオニズムは政治的な視点で論じられることが多いテーマです。しかし、上記のようなユダヤ人の歴史や民族感情を抜きにして、論じることはできません。
ヴァイツマン博士の証言
フルクテンバウム博士が言うような「ユダヤ人の望郷の思いとしてのシオニズム」は、シオニズム運動を率いた指導者自身も証言しています。
近代シオニズム運動の指導者の一人に、初代イスラエル大統領となったハイム・ヴァイツマン(1874年~1952年)がいます。ヴァイツマン博士は、1936年に、パレスチナ問題を調査するために英国政府が派遣した「ピール委員会」で証言をしています。その中でヴァイツマン博士は、離散の地に住むユダヤ人は「肉体を離れた幽霊(disembodied ghost)」であると語り、パレスチナとユダヤ人の関係を次のように表現しています。
世界におけるユダヤ人社会の現在の境遇を生み出してきた最大の原因は、パレスチナに対するユダヤ人の愛着にあると私は考えます。われわれは、うなじのこわい(頑固な)民であり、長い記憶を持つ民です。われわれは決して忘れない民です。幸か不幸か、われわれはパレスチナを決して忘れたことがありません。幾世紀にもわたり、ほとんど途切れることなく非人道的な苦しみを味わってきた歴史を通じて、ユダヤ人を存続させてきたこの不屈の精神は、何よりもまず、パレスチナに対する生理的とも病的とも言うべき愛着によるものです。われわれは、パレスチナを決して忘れず、また決して手放しませんでした。2
I believe the main cause which has produced the particular state of Jewry in the world is its attachment to Palestine. We are a stiff-necked people and a people of long memory. We never forget. Whether it is our misfortune or whether it is our good fortune, we have never forgotten Palestine, and this steadfastness, which has preserved the Jew throughout the ages and throughout a career that is almost one long chain of inhuman suffering, is primarily due to some physiological or pathological attachment to Palestine. We have never forgotten it; we have never given it up.
ここでヴァイツマンは、パレスチナ(イスラエルの地)への愛着はユダヤ人とは切り離せないものであり、ユダヤ民族を存続させてきた要因であるとさえ言っています。そして、ユダヤ人の長い記憶(歴史)の中で、パレスチナとの結びつきは途切れたことがないとも証言しています。
このように、シオニズムはユダヤ人の歴史に一貫してあったものです。近代だけの現象ではありません。このシオニズムがどのようなのもであったかを知るために、ここではユダヤ人の歴史をさかのぼり、シオニズムがどのように形成されていったかを見ていくことにしましょう。
> 2. シオニズムの起源2. シオニズムの起源
近代シオニズムの誕生
シオニズムが政治運動として始まったのは、19世紀末のヨーロッパです。まずは、その背景から見ていきましょう。
市民権への期待
紀元70年にローマ帝国によってエルサレムと神殿が破壊されて以来、ユダヤ人の多くは故郷を失い、世界各地に散らばって暮らしてきました。そして、行く先々で長く差別や迫害を受けてきました。
そのような中、宗教的寛容と基本的人権を説く啓蒙思想が、18世紀のヨーロッパに広まりました。18世紀末になると、ユダヤ人にもほかの国民と同じ権利(市民権)を与えるヨーロッパの国が現れます。最初は、1791年のフランスです。その後、同じ動きがオランダやイタリア、ドイツなどにも広がりました。
ヨーロッパのユダヤ人は、「これで差別や偏見がなくなり、ヨーロッパの市民として平等に生きていけるようになる」と期待しました。こうした期待を背景に、19世紀初めのドイツでは「改革派ユダヤ教」も生まれています。ユダヤ教を近代社会に合わせて改め、ユダヤ人が住んでいる国の社会に溶け込めるようにしようとする動きです。
裏切られた期待
ところが、住んでいる国の社会に溶け込もう(同化しよう)としたユダヤ人たちは、やがて以下のような厳しい現実に直面します。
- ポグロム:1880年代以降、ロシアでは、ユダヤ人に対する集団的な迫害・虐殺が繰り返された。
- ドレフュス事件:1894年、フランスで、ユダヤ系の陸軍大尉アルフレド・ドレフュスが、ドイツのスパイだという無実の罪を着せられ、国家反逆罪で有罪とされた。
こうした出来事によって、ヨーロッパには今もユダヤ人差別が根深く残っていることが露呈します。同化すれば問題は解決すると信じていたユダヤ人たちは、深い絶望に陥ります。「ユダヤ人に最初に市民権を与えたフランスでさえ、ドレフュスのような地位にある人物にこれほど不名誉な扱いをするのなら、ヨーロッパのユダヤ人にいったいどんな希望があるのか」という思いが広がったのです。
テオドール・ヘルツルの登場
このドレフュス事件を新聞記者として取材していたのが、後に「近代シオニズムの父」と呼ばれることになるテオドール・ヘルツル(Theodor Herzl、1860年~1904年)です。
パリで取材中、ヘルツルは「ユダヤ人に死を!」と叫ぶ群衆を目の当たりにし、深い衝撃を受けます。そして、「住んでいる国に同化しても、ユダヤ人の問題は解決しない。ユダヤ人には自分たちの国が必要だ」と確信するに至ります。このヘルツルの確信が正しかったことは、後にホロコーストで600万人のユダヤ人が虐殺されたことによって、痛ましい形で裏づけられることになります。
ヘルツルは1896年に『ユダヤ人国家(Der Judenstaat)』という本を出版すると、ユダヤ人国家を造るための「シオニズム運動」を開始します。
第1回シオニスト会議とバーゼルプログラム
翌年の1897年、ヘルツルはスイスのバーゼルで「第1回シオニスト会議」を開きます。世界各地からユダヤ人の代表が集まったこの会議で、シオニズム運動の最初の公式な方針(綱領)となる「バーゼルプログラム」が採択されました。
バーゼルプログラムでは、「シオニズムは、ユダヤ人のためにパレスチナに公法によって保障された故郷を樹立することを目指す」と宣言されました。「公法によって保障された」とは、「国際的に、法的に認められた」という意味です。
ここで「国家」ではなく「故郷」という言葉が使われたのは、当時パレスチナを支配していたオスマン帝国(今のトルコを中心とする大帝国)や、ヨーロッパの大国を刺激しないためでした。しかし、目指すところは事実上、ユダヤ人国家の樹立でした。実際、ヘルツルは会議の直後、日記に「バーゼルで私はユダヤ人国家を創設した」と書き記しています。こうして、近代シオニズム運動が公式に始まりました。
シオニズムの源流
「シオニズム」という言葉を初めて使ったのは、オーストリアのユダヤ人思想家ナータン・ビルンバウム(Nathan Birnbaum、1864年~1937年)で、1890年のことでした。つまり、シオニズムという言葉は、19世紀末にできた造語です。
しかし、シオニズムの考え方そのものは、近代に生まれたものではありません。「シオニズム」という言葉こそありませんでしたが、「約束の地であるイスラエルの地にユダヤ人が帰り、国を再建する」という考え方は、はるか昔からありました。ここからは、時代を少しずつさかのぼりながら、シオニズムの源流をたどっていくことにします。
離散後のユダヤ人
紀元70年に、ローマ帝国によってエルサレムと神殿が破壊されると、ユダヤ人の多くは世界各地に散らばって暮らすようになりました。これを「離散(ディアスポラ)」と呼びます。それ以来、「約束の地に帰り、イスラエルを再建する」という願いは、ユダヤ人の間で絶えることなく受け継がれてきました。
たとえば、ユダヤ教には「18の祈り(アミダー)」と呼ばれる祈りの言葉があり、今も日々唱えられています。その中に、次のような祈りがあります。
あなたの都エルサレムに、あわれみをもってお帰りになり、約束されたとおり、そこにお住まいください。あなたのしもべダビデの王座をすみやかにそこに据え、私たちの生きている間に、永遠の都としてすみやかに再建してください。エルサレムを再建される主よ、あなたはほむべき方です。3
Return in mercy to Jerusalem Your city and dwell therein as You have promised; speedily establish therein the throne of David Your servant, and rebuild it, soon in our days, as an everlasting edifice. Blessed are You L-rd, who rebuilds Jerusalem.
この祈りは、言い回しは現在と異なっていたかもしれませんが、紀元1世紀末にはすでにユダヤ教の祈りの一部になっていたと言われています4。つまり、ユダヤ人は二千年近くにわたって、イスラエルとエルサレムの再建を祈り続けてきたことになります。
また、ユダヤ人は祈り続けていただけではありません。ユダヤ人がパレスチナを追われて以降も、少数ではあっても、パレスチナに戻って定住しようとするユダヤ人が途絶えることはありませんでした。先ほど紹介したシオニスト指導者のハイム・ヴァイツマンは、先ほどの言葉に続けて次のように証言しています。
…ひとたび機会が与えられれば、ほんのわずかな機会であっても、ユダヤ人はパレスチナへ戻っていきました。そこで自分たちの文学を生み出し、入植地を築き、町を建設し、共同体をつくりました。そして、もし委員会(訳注:ピール委員会)が少し手間をかけて、ローマ帝国崩壊後のユダヤ人の歴史と、パレスチナにおけるユダヤ人の生活を調べてくだされば、パレスチナがユダヤ人の政体として破壊されて以降の19世紀の間に、ユダヤ人が帰還を試みなかった世紀は一世紀たりとも存在しなかったことがおわかりになるでしょう。5
whenever they once got a chance, the slightest chance, there they returned, there they created their literature, their colonies, towns, and communities, and if the Commission take the trouble to study the post-Roman period of the Jews, and the life of the Jews in Palestine, they would find that there was not a century in the nineteen centuries which have passed since the destruction of Palestine as a Jewish political entity, not one single century in which the Jews did not attempt to come back.
ヴァイツマンは、この発言の証拠として、ユダヤ人がエルサレム、ヘブロンや、ガリラヤ湖畔のティベリア、サフェドといった町々でユダヤ人共同体を築き、ユダヤ文化を営んでいた事実を挙げています。
バビロン捕囚のユダヤ人
イスラエルの地、エルサレムへ帰る願いは、紀元1世紀のユダヤ人だけでなく、さらに500年以上さかのぼるバビロン捕囚時代のユダヤ人も抱いていたものでした。新バビロニア帝国は、紀元前586年にユダ王国を滅ぼし、多くのユダヤ人を首都バビロンへ連れ去りました。ユダヤ人が故郷へ帰ることを許されたのは、ペルシアがバビロニアを滅ぼした後の、紀元前538年のことです。
この時代のユダヤ人も、エルサレムに帰ることを強く願っていました。当時のユダヤ人が綴った詩篇には、エルサレムを慕う切実な思いが記されています。
1 バビロンの川のほとり そこに私たちは座り シオンを思い出して泣いた。 2 街中の柳の木々に 私たちは竪琴を掛けた。 3 それは 私たちを捕らえて来た者たちが そこで私たちに歌を求め 私たちを苦しめる者たちが 余興に「シオンの歌を一つ歌え」と言ったからだ。 4 どうして私たちが異国の地で 【主】の歌を歌えるだろうか。 5 エルサレムよ もしも 私があなたを忘れてしまうなら この右手もその巧みさを忘れるがよい。 6 もしも 私があなたを思い出さず エルサレムを至上の喜びとしないなら 私の舌は上あごについてしまえばよい。(詩篇137:1~6)
このように、ユダヤ人が約束の地へ帰って国を再建するという思想は、近代で始まったものではなく、ユダヤ人の歴史で一貫して見られるものです。
エジプトに寄留していた族長ヤコブとヨセフ
さらに時代をさかのぼると、イスラエルの民がまだ自分たちの土地を持っていなかった族長たちの時代に行き着きます。当時、約束の地は「カナンの地」と呼ばれていました。
約束の地を慕うユダヤ人の思いは、イスラエルの民が約束の地を手に入れる前の時代から受け継がれてきたものです。イスラエルの族長ヤコブとヨセフは、遺体となってでも約束の地に戻ることを望みました。
たとえば、族長ヤコブは、寄留の地エジプトで、死に際して息子たちに次のように語っています。
29 また、ヤコブは彼らに命じた。「私は、私の民に加えられようとしている。私をヒッタイト人エフロンの畑地にある洞穴に、先祖たちとともに葬ってくれ。 30 その洞穴は、カナンの地のマムレに面したマクペラの畑地にあり、アブラハムがヒッタイト人エフロンから、私有の墓地とするために、畑地とともに買い取った洞穴だ」(創世記49:29~30)
ヤコブは、このようにカナンの地に自分の遺体を葬るように告げて亡くなります。
また、ヤコブの息子で、エジプトの宰相となっていたヨセフは、次のような遺言を残しています。
24 ヨセフは兄弟たちに言った。「私は間もなく死にます。しかし、神は必ずあなたがたを顧みて、あなたがたをこの地から、アブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地へ上らせてくださいます。」
25 ヨセフはイスラエルの子らに誓わせて、「神は必ずあなたがたを顧みてくださいます。そのとき、あなたがたは私の遺骸をここから携え上ってください」と言った。(創世記50:24~25)
このように、イスラエルの歴史を通して、「約束の地」への思いは絶えることなく受け継がれてきました。そして、この望郷の思いは、ヨセフの言葉にあるように、神がアブラハム、イサク、ヤコブに誓った約束に源流があります。
アブラハム契約
この約束とは、神がアブラハムに与えた「アブラハム契約」のことです。アブラハム契約では、カナンの地(現在のパレスチナ)が、アブラハム(アブラム)と約束の子孫に与えられることが約束されています。
12 アブラムはカナンの地に住んだ。… 14 …【主】はアブラムに言われた。「さあ、目を上げて、あなたがいるその場所から北、南、東、西を見渡しなさい。 15 わたしは、あなたが見渡しているこの地をすべて、あなたに、そしてあなたの子孫に永久に与えるからだ。(創世記13:12、14~15)
ここで神(【主】)は、カナンの地をアブラハムとその子孫に「永久に与える」と語っています。つまり、アブラハム契約は、取り消されることのない神の約束であるということです。
この約束は、神との契約として、アブラハムからイサク、ヤコブ、そしてイスラエル民族へと受け継がれていきます(創世記26:2~5、28:13~15)。次の詩篇にあるとおりです。
8 主はご自分の契約をとこしえに覚えておられる。命じられたみことばを千代までも。 9 それはアブラハムと結んだ契約 イサクへの誓い。 10 主はそれを ヤコブへの定めとして立てられた。イスラエルへの永遠の契約として。 11 そのとき主は言われた。「わたしはあなたにカナンの地を与える。あなたがたへのゆずりの地として。」(詩篇105:8~11)
このように、シオニズムの源流は、神がアブラハム、イサク、ヤコブに与えた永遠の契約である「アブラハム契約」にあります。
> 3. シオニズムとは何でないか3. シオニズムとは何でないか
シオニズムに対しては、さまざまな批判があります。ここでは、よく聞かれる四つの批判を取り上げ、なぜ誤りなのかを見ていきます。そうすることで、シオニズムをより正確に理解できるようになります。
批判1:シオニズムは人種差別主義である
1975年に、国連総会は「シオニズムは人種差別主義の一形態である」とする決議を採択しました(決議3379号)。
しかし、この決議は間違っています。これまで見てきたように、シオニズムはユダヤ人が故郷に国を再建するための運動であって、ほかの民族を劣ったものとみなす人種差別にもとづくものではないためです。むしろ、ヨーロッパなどで長く人種差別を受けてきたのは、ユダヤ人の側です。
たとえば、もし日本が外国に侵略され、日本人が世界中に散って暮らすことになったとします。その後、日本人が日本に戻って国を再建しようとしたら、それを人種差別主義と呼ぶでしょうか。
また、人種差別主義という言葉はイスラエルという国の実態に合いません。イスラエルには、約2割のアラブ系の国民がいます。アラブ人は、ユダヤ人同様に選挙権を持ち、アラブ系の国会議員を選出しています。官職に就くこともでき、最高裁判所の判事となったアラブ人もいます。
イスラエルの裁判官に、ジョージ・カラというアラブ人がいます。カラ判事は、元イスラエル大統領のモシェ・カツァブが強姦罪などで起訴された裁判で、裁判長として有罪判決を下し、禁錮7年の実刑を言い渡したことで知られています。もしイスラエル政府がアラブ人を人種差別しているのであれば、アラブ人が元大統領のユダヤ人を裁くことなど考えられないことでしょう。その後、カラ判事は2017年から2022年まで、イスラエル最高裁判所の判事も務めています。
その一方で、イスラエル建国後のアラブ諸国(イラク、エジプト、リビアなど)では、ユダヤ人の国籍が剥奪されたり、財産が没収されたり、迫害を受けて国外退去を余儀なくされたりしています。このような国家的な迫害によって、1948年のイスラエル建国以降、約85万人のユダヤ人がアラブ諸国を追われたと言われています6。この問題に対し、国連は一切の非難決議を出していません。このような扱いは不公平と言うほかありません。
イスラエル社会に課題がないわけではありませんが、シオニズムそのものを人種差別主義と呼ぶのは正しくありません。
最終的に、「シオニズムは人種差別主義」とする国連総会の決議は、1991年に撤回されています。
批判2:シオニズムは植民地主義である
1975年の国連決議にも見られるように、シオニズムは「植民地主義」の一種だと批判されることがあります。植民地主義とは、外国の土地や人々を支配し、自国の利益のために利用することを正当化する考え方のことです。しかし、シオニズムと植民地主義には根本的な違いがあります。
第一に、植民地主義には、植民者を送り出し、植民地から利益を吸い上げる「本国」が存在します。しかし、シオニストには本国がありません。むしろ、シオニストは住んでいた国から迫害を受け、そこから逃れてきた先に、自分たちの国を造ったのです。
第二に、ユダヤ人にとってパレスチナは外国ではありません。ユダヤ民族の歴史、言語、信仰が生まれた場所です。また、先述のとおり、ユダヤ人は紀元1世紀以降も、少数ながらもパレスチナに住み続けていました。
第三に、シオニストが入植した土地は、武力で奪ったものではなく、購入したものでした。初期の大規模な入植地は、パレスチナに住んでいない、ベイルートやダマスカスなどの都市に住むアラブ人の大地主(不在地主)から購入したものでした。購入した土地はマラリアが蔓延する湿地や荒れ地が多く、しかも市場価格を大きく上回る金額で購入していました7。購入資金は、1901年に設立されたユダヤ民族基金(JNF)などを通して、世界各地のユダヤ人が提供したものでした。
第四に、シオニストは、現地のアラブ人を排除することを前提にしていたわけではありません。1947年に国連でパレスチナ分割案が採択されると、ユダヤ人側はこれを受け入れました。1948年5月の独立宣言では、国内のアラブ系住民に対して、平等な市民として国づくりに参加するよう呼びかけています8。
しかし、アラブ側は分割案を拒否しました。そして独立宣言の翌日には、周辺のアラブ諸国の軍がイスラエルに攻め込み、第一次中東戦争が始まったのです。その結果、アラブ人が大量に国外に逃れることになりましたが、それはイスラエル政府が当初意図していたことではありませんでした。
批判3:シオニズムは共産主義者の陰謀である
シオニズムは、共産主義者が世界支配をたくらむ陰謀の一部だ、という主張があります。これは、「ユダヤ人が陰で世界を操っている」とする古い反ユダヤ陰謀論の一種です。マルクスやトロツキーなど、共産主義の指導者にユダヤ人が目立つことを理由に、十分な根拠もなく唱えられてきたものです。
確かに、初期のシオニズムには、キブツ(イスラエルの集団農場。財産を共有し、共同で生活・労働する)に代表されるような社会主義的な潮流がありました。しかし、シオニズム運動には、社会主義的な潮流のほか、民族主義の潮流、自由主義の潮流、宗教的な潮流など、さまざまな流れがあります。
むしろ歴史を見ると、共産主義国はシオニズムを敵視してきました。共産主義は、国や民族の違いを越えて世界中の労働者が団結することを目指します。そのため、シオニズムを、労働者の団結を妨げる「民族主義」の一つと見なしたのです。
ソ連(ソビエト連邦)は、イスラエルの建国直後こそイスラエルを国家として承認し、友好的な立場をとりました。しかし、後に反イスラエルの立場に転じています。国内ではシオニズムを「ブルジョア民族主義」と呼び、弾圧しました。ヘブライ語の学習やイスラエルへの移住を望んだソ連のユダヤ人は、職を失ったり、投獄されたりもしました。
また、1975年の「シオニズムは人種差別主義」という国連決議を提案したアラブ諸国を後押ししたのも、ソ連をはじめとする東側諸国でした。「シオニズムは共産主義者の陰謀」とする主張は、歴史的事実と一致しません。
批判4:シオニズムはユダヤ教に反する運動である
ユダヤ教徒の中にも、「シオニズムはユダヤ教の教えに反する運動だ」と主張する集団があります。「ナトレイ・カルタ(Neturei Karta)」と呼ばれる、超正統派ユダヤ教の一派です。
この派の人々は、「イスラエルの国は、メシア(救い主)が来られるときに、神の力によって再建されるものだ。人間の力で国を造るのは、神の時を先取りする越権行為だ」と考えています。ただし、構成員は世界全体で多く見積もっても5,000人程度と推計されており9、マスコミに取り上げられるので目立ってはいますが、全体で見るとごく少数派です。
一方で、シオニズムを積極的に受け入れた宗教指導者も数多くいました。たとえば、英国が統治していた時代のパレスチナで、初代アシュケナジ系(中・東欧系ユダヤ人)首席ラビを務めたアブラハム・イツハク・クック(Abraham Isaac Kook、1865年~1935年)です。クックは、シオニズムを「神の救いの計画が実現していく一つの過程」として受け止めました。そして今日、イスラエル国内外のユダヤ人の大多数は、イスラエル国家の存在を支持しています1011。
そもそも、先ほど見たように、イスラエルの地への帰還は、ユダヤ教の祈りの中心にあった希望です。確かに、ヘルツルをはじめ、シオニズム運動の指導者の多くは、信仰を持たない世俗的なユダヤ人でした。しかし、シオニズム運動が掲げた目標そのものは、ユダヤ人が二千年にわたって祈り求めてきたものだったのです。
> 結論結論
シオニズムとは、ユダヤ人が民族の故郷であるパレスチナ(イスラエルの地)に帰り、自分たちの国を再建することを目指す思想、運動です。
シオニズム運動は、19世紀末に始まった政治運動です。しかし、「約束の地に帰り、国を再建したい(定住したい)」という願いは、「シオニズム」という言葉が生まれるずっと前から、ユダヤ人の歴史に一貫して見られるものです。そして、その根底にある望郷の思いは、神がアブラハムと結んだ「アブラハム契約」に起源があります。聖書には、このアブラハム契約が「永遠の契約」であると記されています。
次回は、いよいよ「クリスチャンシオニズムとは何か」という本題に入っていきます。
> 参考文献参考文献
- Paul R. Wilkinson, Understanding Christian Zionism (The Berean Call, 2013)
- Thomas Ice, The Case for Zionism (New Leaf Press, 2017)
- Olivier J Melnick, Antisemitism in the End Times (Harvest House Publishers, 2025)
- Arnold G. Fruchtenbaum, “Zionism: What It Is and What It Is Not” (Ariel Ministries Digital Press, 2005)
> 脚注脚注
-
Arnold G. Fruchtenbaum, “Zionism: What It Is and What It Is Not” (Ariel Ministries Digital Press, 2005), 4. ↩
-
Palestine Royal Commission, Minutes of Evidence Heard at Public Sessions (with Index), London: His Majesty’s Stationery Office, 1937, Colonial No. 134, p.33 ↩
-
Palestine Royal Commission, Minutes of Evidence Heard at Public Sessions (with Index), London: His Majesty’s Stationery Office, 1937, Colonial No. 134, p.33 ↩
-
“Peace only possible if plight of Jewish refugees from Arab countries is addressed, Lauder tells UN,” World Jewish Congress, 23 Sep 2012 ↩
-
Paul R. Wilkinson, Understanding Christian Zionism (The Berean Call, 2013) ↩
-
“The Declaration of the Establishment of the State of Israel,” Ministry of Foreign Affairs (Israel) ↩
-
Jacob Berkman, “Orthodox furious at anti-Zionist sect” JTA, 19 Dec 2006 ↩
-
Michael Lipka, “7 key findings about religion and politics in Israel,” Pew Research Center, 8 Mar 2016 ↩
-
John Gramlich and Alan Cooperman, “Most Jewish Americans have long-standing connections to Israel,” Pew Research Center, 13 Oct 2023 ↩

