アブラハム合意の預言的意味

中東情勢

聖書の預言が急ピッチで成就する時代に入りつつある。そう感じさせる出来事が、この1~2年で次々に起こっている。そのうちの一つが、2020年の8月に実現したイスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)の国交正常化、いわゆる「アブラハム合意」である。

イスラエルは、1948年の建国以来、周辺のアラブ諸国との紛争に悩まされ続けてきた。1948年の第一次中東戦争、1956年の第二次中東戦争、1967年の第三次中東戦争、1973年の第四次中東戦争など、イスラエルはアラブ諸国との武力衝突で国の存続を絶えず脅かされ、それ以降もパレスチナ・アラブ人によるテロに悩まされ続けてきた。

アブラハム合意が実現する以前、イスラエルはすでにエジプト(1979年)とヨルダン(1994年)とは平和条約を結んでいたが、それ以外のアラブ諸国とは建国以来、正式な国交がなかった。また、エジプトとヨルダンを含め、アラブ諸国はイスラエルに対して敵対的な態度を取り続けてきた。そのような中で、ヨルダンとの和平条約から約25年ぶりに、アラブ国家との和平が実現したのである。しかも、アラブ首長国連邦に続いて、バーレーン、スーダン、モロッコとアラブ諸国が次々にイスラエルと国交を正常化しており、サウジアラビアもそれに続くのではないかと言われている。

世界を驚かせたアブラハム合意だが、終末時代にイスラエルとアラブ諸国の間に平和が訪れることは、聖書預言を知るクリスチャンの間ではすでに共通認識となっていた。その根拠は、エゼキエル38章、39章に記されている「ゴグとマゴグの戦い」の預言にある。

ゴグとマゴグの戦い

ゴグとマゴグの戦いとは、エゼキエル38:1~39:16で預言されている戦いで、終末時代に異邦人諸国の連合軍がイスラエルに侵攻するというものである。ここでいう「マゴグ」は古代世界の民族名で、現代で言うとロシア南部または中央アジアに該当する地域を支配していた民族である。「ゴグ」はマゴグの君主の称号で(エジプトのファラオなどと同じ)、諸国の連合軍を指揮してイスラエルを攻撃する首謀者となる。この戦いに参加する国としては、マゴグのほかにロシュ(ロシア)1、メシェクとトバル(トルコなど)、ペルシア(イラン)、プテ(リビア)などが挙げられている。

ここで特筆すべきは、イスラエルに攻め入る国のリストに、建国以来の仇敵であるサウジアラビア、シリア、イラク、エジプト、ヨルダンなどのアラブ諸国が入っていないことである。ユダヤ人神学者のアーノルド・フルクテンバウム博士は、著書『The Footsteps of the Messiah(未邦訳)』(Ariel Ministries, 2003)で次のように記している。

興味深いのは、この侵略(訳注:ゴグとマゴグの戦い)にアラブ諸国が一国も参加していないことだ。ここに挙げた国の中にはイスラム教国が入っているが、アラブ国家ではない。また、これらの国は地理的にイスラエルの北と南に位置しているが、支配的立場にある国はロシアであり、ロシアが同盟を結んでいるのはイスラム教国であるものの、アラブ国家ではない。2

One interesting observation is that not a single Arab nation participates in this invasion. While some of the nations listed here are Moslem, they are not Arab. Another observation is that these nations are geographically located both north and south of Israel, but it is Russia that is the controlling nation and allied with Moslem, but non-Arab, states.

また、ゴグの連合軍による侵略が開始される直前の状況が、エゼキエル38:8、11に描写されていて、次のように言われている。

8 多くの日が過ぎて、おまえ(訳注:ゴグ)は徴集され、多くの年月の後、おまえは、一つの国に侵入する。そこは剣から立ち直り、多くの国々の民の中から、久しく廃墟であったイスラエルの山々に集められた者たちの国である。その民は国々の民の中から導き出され、みな安らかに住んでいる。… 11 こう言うだろう。「私は無防備な国に攻め上ろう。安心して暮らす平穏な者たちのところに侵入しよう。彼らはみな城壁もなく住んでいる。かんぬきも門もない」と。

ここでは、イスラエル人が平和に暮らす情景が描写されている。そういう状況で、ゴグが率いる多国籍軍がイスラエルを侵略することになる。

アラブ諸国と武力紛争を繰り返す時代には、イスラエルは「みな安らかに住んでいる」と言えるような状態ではなかったので、この預言が語る状況とは違う。そのため、聖書を字義通りに解釈する学者は以前から、この預言が成就する前に、イスラエルと周辺のアラブ諸国との間で和平が成立すると考えていたのである。

さらに、エゼキエル38:13では、アラブ諸国はイスラエルに対する攻撃に参加しないばかりか、ゴグのイスラエル侵攻に反対して声を上げるようになることも預言されている。

13 シェバやデダンやタルシシュの商人たち、およびそのすべての若い獅子たちは、おまえに言うだろう。「おまえは分捕るために来たのか。獲物をかすめ奪うために隊を構えたのか。銀や金を運び去り、家畜や財産を取り、大いに略奪しようとするつもりか」と。

ここに出てくる「シェバやデダン」はアラビア半島にあった国で、現在のサウジアラビアや湾岸諸国に該当すると思われる。つまり、ここでアラブ諸国の一部は、ゴグの連合軍によるイスラエル侵攻に対して非難の声を上げているのである。

以上見てきたように、ゴグとマゴグの戦いの預言が成就するには、イスラエルと周辺のアラブ諸国が和平を実現することが条件の一つとなるが、現在はその条件が次第に整いつつある時代に入っているということだ。

アブラハム合意の衝撃

筆者は、2008年から2009年ぐらいまで、イスラエルのメシアニックジューが発行する『イスラエル・トゥデイ』という雑誌の編集に携わっていた。その頃は、事あるごとにアラブ諸国がイスラエルを非難し、正面切って武力衝突するまではいかないものの、国連や報道などを通して言論による衝突を繰り返していた。その当時は、イスラエルとアラブ諸国の和平は遠い先のように感じていた。

それから10年ほどで、中東政治がこれほどまでに様変わりしていることに驚かされる。「戦争になるから不可能だ」とあれほど言われていた米国大使館のエルサレム移転も、トランプ政権の下でほぼ何事もなく完了した。そして、アブラハム合意でアラブ諸国全体との和平が大きく前進した。現在は、聖書の預言が目の前で成就しつつある時代であることを実感する出来事であった。

結論

聖書預言の成就は、聖書が神のことばであることを信じる大きな根拠となる。しかし、聖書の預言を知らなければ、預言が成就したことに気付かないまま日々を過ごすことになる。また、預言を知っていても、実際に起きている状況に結び付けることができないと、聖書の確かさを実感することもできない。そのため、この「世界情勢と預言」セクションでは、聖書預言を解説するとともに、預言に関連する最新情報をお届けしたいと考えている。

参考資料

この記事を書いた人:佐野剛史

  1. 原語の「ロシュ」は、新改訳2017などの日本語聖書では「大首長」の「大」(KJVなどの英語訳聖書ではchief)として訳されているが、ASVなどの英語訳聖書では「ロシュ」という民族名として訳されている。筆者は民族名として訳する方が正しいと考えている。なお、日本語訳でも、文語訳では「ロシ」と民族名として訳されている。

  2. Arnold Fruchtenbaum, “The Footsteps of the Messiah” (Ariel Ministries, 2003)

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