神殿の丘をめぐる国際情勢の変化と第三神殿への道

神殿の丘

ユダヤ教の神殿が建っていたエルサレムの「神殿の丘」には、現在神殿はなく、イスラム教のモスクが建っている。しかし、聖書には、終末時代になるとエルサレムに神殿が建てられるという預言がある。近年の国際情勢を見ていると、この「第三神殿の預言」が、実現に向けて大きく動き出していると感じる。ここでは、神殿の丘をめぐる国際情勢の変化を見ていき、聖書預言の観点から現状を俯瞰する。

MEMO
第三神殿の預言については、「終末預言を読み解く:第三神殿の再建」を参照されたい。

アブラハム合意のインパクト

神殿の丘をめぐる国際環境は、2020年8月13日に発表された「アブラハム合意」によって大きく変化した。アブラハム合意は、イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)が締結した和平条約である。このアブラハム合意に、バーレーン、モロッコ、スーダンが続いて参加し、イスラエルと国交を正常化した。そして、現在はサウジアラビアもアブラハム合意への参加を目指しており、イスラエルのダニー・ダノン元国連大使によると、1年以内に実現しそうだという。

アブラハム合意の共同宣言

アブラハム合意が発表された日、米国、イスラエル、UAEが共同声明を行っている。カタールの衛星放送局アルジャジーラは、この共同声明に含まれる次の部分に、神殿の丘の現状を変更する意図が隠されているという分析を自社のニュースサイトで紹介している。

(トランプ大統領が提案した)「平和のためのビジョン」で明言されているように、平和のために訪れるすべてのイスラム教徒は、アル・アクサ・モスクで礼拝することができる。エルサレムのその他の聖地は、あらゆる宗教の平和的な礼拝者に開放されたままであるべきである。
― “Full text of joint statement on UAE and Israel normalizing ties,” All Arab News, 13 Aug 2020

As set forth in the Vision for Peace, all Muslims who come in peace may visit and pray at the Al Aqsa Mosque, and Jerusalem’s other holy sites should remain open for peaceful worshippers of all faiths.

アル・アクサ・モスクとは、神殿の丘の南側にあるイスラム教のモスクのことである。下の写真では、手前側にある長方形の建物がアル・アクサ・モスクである。

エルサレムの神殿の丘。手前(南)側にある長方形の建物がアル・アクサ・モスク
エルサレムの神殿の丘。手前(南)側にある長方形の建物がアル・アクサ・モスク

この「アル・アクサ・モスク」という言葉は、モスクの建物だけでなく、神殿の丘全体を指す場合もある。この言葉を「モスクの建物」ととらえるか、「神殿の丘」ととらえるかで、この共同声明の意味合いはまったく異なってくる。アルジャジーラに掲載された分析によると、イスラエル政府はこの言葉を「モスクの建物」と定義しているため、この声明文はモスク以外の神殿の丘をユダヤ人を含めすべての礼拝者に開放することを意味しているという。

現在、アル・アクサ・モスクを含め、神殿の丘は「ワクフ」というイスラム教団体が管理している。これは1967年のイスラエル・ヨルダン間の取り決めによるもので、この取り決めにより神殿の丘ではイスラム教徒以外が祈ることは禁じられている。アルジャジーラの記事は、この現状が変更されることになると予測し、次のように記している。

 イスラエル(おそらく米国も)の定義によると、モスクの建物以外は「エルサレムのその他の聖地」の一つとされ、ユダヤ人を含め、すべての人が祈ることができるようになる。
この用語を選択したのは、偶然でも間違いでもなく、神殿の丘でユダヤ人が祈る扉を大きく開き、現状を根本的に変えようとする、表面的には気づきにくいが、意図的な試みとしか思えない。
― Mersiha Gadzo, “Israel normalisation may partition Al-Aqsa: Analysts,” Aljazeera, 14 Sep 2020

“According to Israel [and apparently to the United States], anything on the Mount that is not the structure of the mosque is defined as ‘one of Jerusalem’s other holy sites’ and open to prayer by all – including Jews.”
“This choice of terminology is neither random nor a misstep, and cannot [be] seen as anything but an intentional albeit surreptitious attempt to leave the door wide open to Jewish prayer on the Temple Mount, thereby radically changing the status quo.”

この記事では、神殿の丘をイスラム教徒の礼拝の場所と規定するのであれば、なぜ神殿の丘を意味するアラブ語の「ハラム・アル・シャリフ」を使わなかったのかという疑問が呈されている。

アラブ人の意識の変化

アブラハム合意の影響もあって、近年はイスラエルとアラブ諸国の関係が急速に改善してきている。それに伴い、従来はアラブ諸国をまとめてきた「パレスチナの大義」(土地を奪われたパレスチナ人の権利を回復し、パレスチナ国家を樹立するという主張)への支持が失われつつある。それと同時に、神殿の丘に対するユダヤ人の権利を認める風潮がアラブ人社会に表れ始めている。

マスコミの報道に見る変化

そのようなアラブ人の意識の変化を表す一例が、エジプトの著名な学者で小説家のユセフ・ジーダンの主張だ。ジーダンは、2年ほど前のテレビインタビューで、エルサレムと神殿の丘にはイスラム教徒にとって特別な宗教的意味はないことを認めている。エルサレムはイスラム教の第三の聖地であり、コーランで言及されている「アル・アクサ・モスク」のある場所だという話をよく耳にする。しかし、ジーダンはそのようなことはナンセンスだとして、次のように語っている。

アル・アクサ・モスクは(コーランが書かれた)当時のエルサレムにはなかったし、エルサレムの町もアル・クッズとは呼ばれていなかった。当時はアエリアと呼ばれ、モスクは一軒もなかった。
― ““Jerusalem Had No Mosques at the Time of Mohammed”,” Israel Today, 29 Apr 2022

“The Al-Aqsa Mosque [in Jerusalem] did not exist back then, and the city was not called Al-Quds. It was called Aelia, and it had no mosques.”

この「アル・クッズ」はエルサレムを意味するアラブ語で、「アエリア」はローマがエルサレムを改称して付けた名称「アエリア・カピトリナ」のことだろう。ムハンマドが生きていた時代にはエルサレムはイスラム教の都市ではなかったのは歴史的な事実であるが、イスラム社会でこのようなインタビューをテレビ局が放送することの意義は大きい。

また、サウジアラビアの弁護士でジャーナリストのオサマ・ヤマニは、サウジアラビアの有力紙『オカズ(Okaz)』紙に、コーランに記されたアル・アクサ・モスクがあった本当の場所はサウジアラビアのメッカに近いアルジュラーナであり、エルサレムの神殿の丘ではないという記事を書いている。

ヤマニは、コーランに記述されたアル・アクサ・モスクの場所に関する主張が異なるのは政治的な理由だとし、次のように書いている。

(この問題は)政治的なものであり、その時々の出来事や問題に都合のよい主張が政治的な立場によって採用されたにすぎず、信仰や宗教的な命令、神の意思とは関係のないものだ。
― Adam Eliyahu Berkowitz, “Saudi media exposes Palestinian Lie: Al Aqsa Mosque isn’t on Temple Mount,” Israel365 News, 16 Nov 2022

“political matters that were employed for the benefit of events or issues and political positions at the time that have nothing to do with faith or religious dictates or God’s intention.”

第三の聖地と呼ばれるアル・アクサ・モスクが神殿の丘ではなく、サウジアラビアにあったとすれば、神殿の丘にユダヤ教の神殿を建てることには何の問題もないことになる。ヤマニの主張が歴史的に正しいとしても、このような発言がサウジラビアの一流紙に掲載されることは、これまでには考えられなかったことだ。ここにも、アブラハム合意の影響を見て取ることができる。

Twitterの投稿に見る一般人の意識の変化

一般のアラブ人の中でも、意識の変化が見られる。それが顕著に現れているのが、Twitterの投稿だ。これまで「パレスチナの大義」を全面的にバックアップしてきたサウジアラビアの人々が、パレスチナ人はアル・アクサ・モスクを汚していると非難する投稿をするようになっている。そのような人々の一人であるサウジアラビア人漫画家は、次のような風刺画をTwitterに投稿し、イスラエルのニュースサイト『ynet News』がそれを取り上げている。

アル・アクサ・モスクを汚すパレスチナ人を批判したサウジアラビア人漫画家の風刺画
アル・アクサ・モスクを汚すパレスチナ人を批判したサウジアラビア人漫画家の風刺画

『ynet News』の記事は、この漫画家のツイートを次のように紹介している。

「父の宗教は何か?アル・アクサでサッカーとダンス」。アラブ人の一人で、サウジアラビアの漫画家は、みずからのTwitterアカウントでコメントし、モスク内で若者がサッカーやダンスをし、投石用の石を集めている動画を複数投稿している。漫画家は風刺画の説明の中で、「モスクは汚されて冒涜され、アラーのモスクは抵抗という口実の下に遊技場となっている」とコメントしている。
― “ביקורת בחברה הערבית נגד המתפרעים באל-אקצא: “הם אלו שפוגעים במסגד” (Criticism in Arab society against the rioters in al-Aqsa: “They are the ones who attack the mosque”),” ynet news, 19 Apr 2022 (https://www.ynet.co.il/news/article/s1igrgje9)

“What is your father’s religion? Soccer and dance in al-Aqsa” One of those critics from the Arab world is a Saudi cartoonist who commented on his Twitter account about the events, posting and sharing several videos showing young people playing football, dancing and collecting stones inside the mosque. In describing one of the cartoons, he wrote: “Mosques are desecrated in their filth and the mosques of Allah are turned into a playground under the pretext of resistance.” (translated by Google Translate from Hebrew)

これは、神殿の丘からユダヤ人に投石しているパレスチナ人が、アル・アクサ・モスクに土足で立てこもり、中でサッカーやダンスに興じていることを非難したものである(イスラム教では、モスクは神聖な場所であるので靴のまま入ってはいけないとされる)。

ヨルダンのニュースサイト『Al Bawaba』では、「エルサレムよりもリヤドの方が重要だ」というハッシュタグを使って、パレスチナの大義よりも自国を優先するというサウジアラビア人のツイートが大量に投稿されているという記事が掲載されている。この背景には、自国の脅威となっているイランに協力するパレスチナ人(特にハマス)に対するサウジアラビア人のいら立ちがある。

また、それだけにとどまらず、エルサレムと神殿の丘はユダヤ人のものと認める投稿を行うサウジアラビア人も現われている。

次のツイートでは、投稿者は「エルサレムはユダヤ人の永遠の都」と語っている。

サウジアラビア人のエルサレムに関するツイート
サウジアラビア人のエルサレムに関するツイート

次のツイートでは、「神殿の丘はイスラム教徒にとって何の重要性もない」とした上に、「(ユダヤ教の)第三神殿を待望する」とまで語っている。

サウジアラビア人のツイート(1)
サウジアラビア人の第三神殿に関するツイート

このような現象を見ていると、朝日新聞の記事が言うように、パレスチナの大義が風化しつつあると感じる。

UAEの影響拡大を恐れるパレスチナ人

ニュースサイト『Israel365 News』は、アブラハム合意の結果、アラブ首長国連邦(UAE)がイスラエルの第三神殿建設に協力するのではないかとパレスチナ人が恐れているという記事を掲載している。この記事は、パレスチナ人政治学者アドナン・アブ・アメル博士の記事を紹介したものである。記事の中で、アメル博士は「UAEがパレスチナ人から買い取った住宅や不動産をユダヤ人入植者の組合に売却しようとしている」とした上で、次のように語っている。

この件で、ドバイにヒンズー教寺院を建設し、アブダビにシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)を開設したUAE当局の協力で、次の段階としてあのシナゴーグの建設が始まるのではないかとパレスチナ人は恐れるようになっている。
― Dr. Adnan Abu Amer, “Israel’s plan to dismantle Turkish influence in Jerusalem for the benefit of Gulf states,” Middle East Monitor, 26 Dec 2020

This raises the Palestinians’ fear that the next stage might signal the start of building the alleged synagogue with the contribution of the UAE authorities, who already constructed a Hindu temple in Dubai and opened a synagogue in Abu Dhabi.

ここで「あのシナゴーグ(the alleged synagogue)」と言われているのは、第三神殿のことである。そして、アメル博士は、神殿の丘にユダヤ教の神殿とイスラム教のモスクが並び立つ可能性を指摘している。

この指摘は、近年のアラブ諸国の変化を見ると、あながち的外れとは言えない。UAEの首都アブダビでは、今年(2023年)に「アブラハム・ファミリー・ハウス」の竣工式が予定されている。アブラハム・ファミリー・ハウスとは、イスラム教のモスク、キリスト教の教会、ユダヤ教のシナゴーグが同じ敷地内に建てられ、宗教間の交流が行われる予定の施設である。現時点で建設工事はほぼ完成している(下の写真参照)。

完成間近のアブラハム・ファミリー・ハウス(2022年12月時点)
完成間近のアブラハム・ファミリー・ハウス(2022年12月時点)

MEMO
アブラハム・ファミリー・ハウスについては、記事「キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の礼拝施設が並び立つ『アブラハム・ファミリー・ハウス』が2022年中に完成」を参照されたい。

UAEなどのアラブ諸国では、イスラム教の世俗化が進み、他宗教との共存が重視されるようになっている。この傾向が続けば、ユダヤ人が神殿の丘に第三神殿を建設することを認めるようになる可能性は十分ある。

このような時代の流れについて、宗教右派で、神殿の丘で過越の祭りのいけにえをささげることを求めているイスラエルの団体「Return to the Mount(神殿の丘への帰還)」のラファエル・モリス(Rafael Morris)代表は、次のように語る。

100年前なら、イスラエルにユダヤ人国家を建国するという話をすることは狂気の沙汰で、アラブ人の逆鱗に触れることでした。80年前なら、ユダヤ人がコテル(西壁、嘆きの壁)やヘブロンで祈るという話をすることは狂気の沙汰で、アラブ人の逆鱗に触れることでした。コルバン・ペサハ(過越の祭りのいけにえ)は聖書の命令であり、ユダヤ人が何千年間もエルサレムで行っていたことです。これはごく当たり前のことなのです。
― Adam Eliyahu Berkowitz, “Temple Mount activists petition Ben Gvir to permit Passover sacrifice,” Israel365 News, 4 Jan 2023

“One hundred years ago, it would have been crazy and an incitement of the Arabs to talk about a Jewish state in Israel,” Morris said. ”Eighty years ago it was a crazy incitement to talk about Jews praying at the Kotel (Western Wall) or Hebron. The Korban Pesach (Passover sacrifice) is a Biblical commandment the Jewish people perform for thousands of years in Jerusalem. It is the most normal thing.”

モリスの発言からもわかるように、国際社会だけでなく、イスラエル国内でも神殿の丘に対する関心が高まっている。イスラエル国内の動向については、次の記事で紹介したい。

まとめ

現在の国際情勢の流れを見ると、第三神殿につながる道が確実に開かれつつある。聖書預言における第三神殿の位置付けについて、シェーファー神学校校長のアンディ・ウッズ(Andy Woods)博士は、次のように語っている。

世界の関心がイスラエルに向かう時は、人類の歴史の終わりを示す時計の時針を読んでいる段階です。議論がさらに具体的になり、イスラエル全体の話をやめて、エルサレムを中心に話し始めたら、人類の歴史の終わりを示す時計の時針ではなく、分針を読んでいる段階です。そして、エルサレムの話をやめて、神殿の丘の話をし始めたら、今度は人類の歴史の終わりを示す時計の秒針を読んでいる段階です。これが最後の時代です。
― Andy Woods, “PPOV Episode 149. Abraham Accords: Their Prophetic Significance

When the world’s attention moves toward Israel, that’s the hour hand of the end of human history. When the discussion gets more concrete and gets more specific, and they stop talking about Israel in general and start talking about Jerusalem in particular. Now we’re no longer dealing with the hour hand at the end of the human history, but we’re the minute hand. And the they stop talking about Jerusalem and start talking about the temple mount, now we’re dealing with the second hand as the final era of time at the end of human history.

人類の歴史の終わりとは、聖書で預言されているキリストの再臨の時である。この時は、キリストを信じる者にとっては絶望ではなく、希望の時である。この記事の読者も、キリストを信じてキリストを待ち望む者となってくださることが筆者の希望だ。

参考資料

神殿の丘の写真:Andrew Shiva (CC BY-SA 4.0)
アブラハム・ファミリー・ハウスの写真:Boubloub (CC BY-SA 4.0)

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