> はじめにはじめに
前回は、クリスチャンシオニズムとは何かを解説する前段階として、シオニズムとは何かを見ました。今回から、いよいよクリスチャンシオニズムそのものを解説していきます。
クリスチャンシオニズムの定義
簡単に定義すると、クリスチャンシオニズムとは「ユダヤ人が民族の故郷であるイスラエルの地(パレスチナ)に帰還し、ユダヤ人国家を建設することを、聖書に基づいて支持するクリスチャンの思想・運動」のことです。なお、一般的に「シオニズム」と言うとユダヤ人の思想・運動を指しますが、「クリスチャンシオニズム」と言う場合は、基本的に異邦人(ユダヤ人以外)のクリスチャンの思想・運動を指します。
クリスチャンシオニズムへの批判
このクリスチャンシオニズムは、キリスト教の内外から批判されることがよくあります。たとえば、次のように言われることがあります。
クリスチャンシオニズムは、シオニズムの中でも最も極端なイデオロギー的立場を受け入れる近代の神学的・政治的運動である。そのため、パレスチナとイスラエルにおける公正な平和の実現を妨げるものとなっている。1
Christian Zionism is a modern theological and political movement that embraces the most extreme ideological positions of Zionism, thereby becoming detrimental to a just peace within Palestine and Israel.
これは、2006年8月22日にエルサレムのカトリック(ラテン典礼)総大司教、シリア正教会、聖公会(英国国教会の流れをくむ教会)、ルーテル教会の指導者が共同で出した声明です。このような声明を読むと、クリスチャンシオニズムは近年に登場した極端な思想なのかと思われるかもしれません。しかし実際には、クリスチャンシオニズムは聖書に基づいた、長い歴史がある考え方です。
クリスチャンシオニズムの歴史
クリスチャンシオニズムの思想は、過去にも数多くの教会指導者が教えてきたもので、決して極端な考え方ではありません。たとえば、「説教者のプリンス」と呼ばれるチャールズ・スポルジョン(Charles Haddon Spurgeon、1834年~1892年)は、エゼキエル書37章の「枯れ骨の谷」の預言を取り上げた説教で、次のように語っています。
この聖書本文の意味は、文脈に照らして読むなら、そして言葉に何か意味があるなら、きわめて明白である。第一に、ユダヤ人が自分たちの土地と民族としての独自性を回復するという、政治的な回復が起こることを示している。第二に、聖書本文にも、文脈の中でも、イスラエルの諸部族の霊的な回復が起こる、つまり回心するという、まことに明快な宣言がある。……再び自国民による政府が立てられ、国家としての体制が整えられる。一つの国が組織され、王が治めるようになる。……私は、神のことばから神が意図された意味を取り去るような技を決して身につけたくはない。……このことは決着済みの事実として受け止めよう。……言葉に何か意味があるのなら、イスラエルは将来に回復されるのである。2
The meaning of our text, as opened up by the context, is most evidently, if words mean anything, first, that there shall be a political restoration of the Jews to their own land and to their own nationality; and then, secondly, there is in the text, and in the context, a most plain declaration, that there shall be a spiritual restoration, a conversion in fact, of the tribes of Israel… There will be a native government again; there will again be the form of a body politic; a state shall be incorporated, and a king shall reign… I wish never to learn the art of tearing God’s meaning out of His own words… Let this be settled … that if there be meaning in words, Israel is yet to be restored.
このように、スポルジョンも、ユダヤ人が民族の故郷に国を再建し、政治的にも、霊的にも回復すると教えました。このような立場は、スポルジョンの時代の英国では特にめずらしいものではありませんでした。ただし、当時(19世紀半ば)には「クリスチャンシオニズム」という言葉はまだなく、「イスラエル復興論(Restorationism)」と呼ばれていました。
同様の思想に立っていたことで知られている同時代の人物には、英国国教会の主教でカルヴァン主義者のJ・C・ライル(John Charles Ryle、1816年~1900年)や、赤十字の創設者であるアンリ・デュナン(Jean-Henri Dunant、1828年~1910年)らがいます。アンリ・デュナンは、「クリスチャンシオニスト」と呼ばれた最初の人物とされています。また、後ほど見るように、それよりもさらに前のピューリタン(清教徒)の多くも、同様の立場に立っていました。
このように、クリスチャンシオニズムは近代になって突然現れた運動ではありません。また、スポルジョンのように教会史を代表する説教者が同じ立場に立っていたことを考えると、これを「シオニズムの最も極端なイデオロギー的立場を受け入れるもの」と決めつけるのは、正しい評価とは言えません。先ほどの声明のように、カトリック教会をはじめとする伝統的教会の指導者がクリスチャンシオニズムを批判する背景には、イスラエルという国家の存在が、そうした教会に「不都合な真実」を突きつけているという側面があります。この点については、後ほど触れたいと思います。
アウトライン
先ほど見たように、クリスチャンシオニズムは近年になって登場したものではなく、実は古い歴史を持っています。そのため、クリスチャンシオニズムとは何かを知るには、その歴史をたどって全体像をつかむ必要があります。今回は、時代を新しい方から古い方へとさかのぼりながら、次の3つの段階を見ていきます。
- ディスペンセーション主義(近代)
- 英国のイスラエル復興論(近世)
- 十二使徒のメシア的王国待望論(古代)
まずは、近代のディスペンセーション主義を見ていきましょう。
> 1. ディスペンセーション主義(近代)1. ディスペンセーション主義(近代)
現代のクリスチャンシオニズムの多くは、ディスペンセーション主義を神学的な土台としています。実際に、現代のクリスチャンシオニストの多くは、ディスペンセーション主義者です。
ディスペンセーション主義は、英国のプリマス・ブレザレンの指導者ジョン・ネルソン・ダービー(John Nelson Darby、1800年~1882年)が、1830年代に体系化したものです。ディスペンセーション主義が教える内容は聖書に基づくものですが、それを一つの神学体系として整理したのは、近代になってからのことです。
クリスチャンシオニズムに詳しい研究者、ポール・ウィルキンソンは、新約聖書学者ゲイリー・バージの言葉を引用しながら、ダービーについて次のように語っています。
ゲイリー・バージは、ヘルツルがユダヤ人のシオニズムの父であるなら、「ダービーはクリスチャンシオニズムの父だと言えるかもしれない。クリスチャンシオニズムの主な神学的土台の多くは、彼が築いたものである」と述べている。3
Gary Burge maintains that if Herzl was the father of Jewish Zionism, then “one could argue Darby was the father of Christian Zionism, laying out many of its principal theological foundations.”
では、ディスペンセーション主義は、なぜクリスチャンシオニズムの神学的土台となったのでしょうか。それを知るには、ディスペンセーション主義がどのような教えなのかを見ていく必要があります。
(1)ディスペンセーション主義とは何か
ディスペンセーション主義は、以下の3つを柱とする神学です。4
- 字義どおりの聖書解釈
- イスラエルと教会の一貫した区別
- 神の栄光が最終ゴール
ディスペンセーション主義は一般に、聖書の歴史を7つの時代(ディスペンセーション)に区分して理解する神学体系だと思われています。しかし、ディスペンセーションの区分は、聖書を字義どおりに解釈した結果として出てくるものであって、出発点ではありません。出発点は、あくまでも1つ目の柱である「字義どおりの聖書解釈」です。
(2)クリスチャンシオニズムの土台
2つ目の柱である「イスラエルと教会の一貫した区別」も、聖書を字義どおりに解釈した結果として出てきた原則です。聖書に「イスラエル」と書かれていればイスラエル、「教会」と書かれていれば教会と理解するという、ごく当たり前のことを言っているにすぎません。しかし、教会の歴史の中では、長い間、その当たり前の読み方が主流ではありませんでした。聖書に「イスラエル」と書かれていても「教会」と読み替え、イスラエルに与えられた約束は教会に移ったとする考え方が広く受け入れられてきたのです。このような考え方を「置換神学」と呼びます。そして、今も置換神学にとどまっている教会は少なくありません。
これに対して、「イスラエル」と書かれていればイスラエルのことだと理解して聖書を読むのがディスペンセーション主義です。そのように聖書を読むと、イスラエルに対する神の約束は今も有効であり、将来イスラエルの上に成就することが見えてきます。そうした約束の一つが、神がイスラエル民族に与えた「土地の約束」です(創世記12:7、出エジプト6:4、8など)。そのため、ディスペンセーション主義者は、ユダヤ人が民族の故郷に帰還して国を再建することは神のご計画の一部であると主張するのです。
また、聖書を字義どおりに解釈すると、終末に関する聖書の預言は、まだ大部分が成就していないことがわかります。そこでディスペンセーション主義は、こうした預言は将来に文字どおり成就すると考える「未来主義(Futurism)」の立場に立ちます。クリスチャンシオニストは、この未来主義に立って聖書預言を解釈するので、イスラエルを重視するのです。聖書預言では、終末時代はイスラエルを中心に動いていくことが預言されているためです。そして、1948年のイスラエル建国は、終末の預言が成就するための舞台が整い始めたことを示す、預言的に重要な出来事として受け止められています。
さらに米国では、C・I・スコフィールド(Cyrus Ingerson Scofield、1843年~1921年)が、ディスペンセーション主義に基づく注釈を付けた『スコフィールド引照付聖書(Scofield Reference Bible)』を1909年に出版しました。これが米国の福音派にディスペンセーション主義が爆発的に広まるきっかけとなりました。こうしてディスペンセーション主義者となったクリスチャンが、クリスチャンシオニズムの最大の支持層となっていったのです。
ディスペンセーション主義がクリスチャンシオニズムを神学的に支える土台となったのは、以上のような理由によります。
(3)信仰上の確信から始まったクリスチャンシオニズム
ここで押さえておきたいのは、ディスペンセーション主義に立つクリスチャンシオニズムは、もともと政治運動ではなく、信仰上の確信だったという点です。実際、ダービー自身は、教会が政治に関わることに否定的でした。
もちろん、クリスチャンシオニストと呼ばれる人々の中には、信仰的な動機以外に、人道的な動機や政治的な動機によって動かされている人もいます。しかし、少なくともディスペンセーション主義に立つクリスチャンシオニズムは、聖書の約束を字義どおりに信じる信仰から生まれたものです。
(後半に続く)
> 脚注脚注
-
“The Jerusalem Declaration on Christian Zionism” (https://www.globalministries.org/mee_advocacy_the_jerusalem_declaration_on_chr/) ↩
-
Charles Haddon Spurgeon, “The Restoration and Conversion of the Jews”, A Sermon Preached on Thursday Evening, June 16th, 1864 at the Metropolitan Tabernacle, Newington, in Aid of the Funds of the British Society for the Propagation of the Gospel amongst the Jews (https://www.spurgeon.org/sermons/the-restoration-and-concession-of-the-jews) ↩
-
Paul R. Wilkinson, Understanding Christian Zionism (The Berean Call, 2013), Chapter 2 [Kindle版] ↩
-
Charles C. Ryrie, Dispensationalism (Chicago: Moody Press, 2007), Chapter 2 を参照。 ↩

